「セミナーを受けて、私は利用者に対しても家族に対しても共依存傾向にあることがよくわかりました。もっと早く知っておきたいことでした」
研修でバウンダリー(境界線)の講義を行うと、受講者の方からこのような感想を頻繁に伺います。
私は専門学校に通い精神保健福祉士の資格を取得して現場に出ましたが、「共依存」という言葉は学校で習ったこともなく、初めの1~2年くらいは患者さんとの距離感に全く無頓着でした。
新人の時は当然ながら自信がありません。だからこそ、患者さんから「好かれること」「必要とされること」は自分の存在意義を見出すためには欠かせないものでした。
「少しでも喜んでもらいたい、嫌われたくない」
結果、患者さんとの心理的な距離が近くなり、気持ちの切り替えがうまくできずにいつも疲れて過ごしていました。初めに勤めた精神科クリニックを3年で退職した時、私は確実に燃え尽きていたと思います。
対人援助職全般に言えることですが、患者さんや利用者さんのことを理解するための勉強は熱心ですが、自己理解を深めるための勉強はおろそかになりがちですよね。
あなたが専門家としてがんばって吸収した知識や技術は、「あなたという人間」によって生かされます。
では、あなたは自分のことを理解していますか?
このブログ記事で説明する「共依存」は、すでに対人援助の仕事をしている人はもちろんのこと、これから援助職として現場に出る人も必ず押さえておくべき概念です。
ぜひ最後まで読んで、自己理解を深めていただきたいです。
共依存とは?
「共依存」とは、自分の存在意義を見出そうとして、過剰に相手の世話をしたり、相手の責任や役割を背負ったりして、「相手に必要とされる状況を作り出す」関係性のことです。
援助職であれば、「援助職として頼られる」ことで安心するため、本来は利用者や家族に任せることにまで手を出したり、サービス対象外のことまでやってあげたりするなど、支援の内容が家族的になりやすいというのが特徴です。
共依存についてより理解を深めてもらうため、例え話で説明します。
A君とB君が、「毎日2人で井戸から水をバケツ10杯分汲んできてほしい。そしたら千円ずつあげるよ」と仕事を任されたとします。
そしたら、ひとり5杯ずつ水を汲めばちょうどいいですよね。A君B君ともに「一日5杯水を汲む」という役割と責任を背負うわけです。
ただ、ここでB君が共依存だったらどうなるか。B君が自分に自信がなくて、「A君に少しでも好かれたい。僕がいてくれて良かったと思ってほしい」と強く思っていたとしたら。
B君は「A君に必要とされるための状況」をわざわざ作り出すことになります。
B君は、A君の水まで運ぶようになる。1日5杯のはずが、6杯運び、一か月後には7杯に増える。
初めは「悪いからいいよ。僕自分でやるから」なんて言っていたA君ですが、いつの間にかB君に多く運んでもらうのが当たり前になります。もともと5杯運ぶ力があったA君。でも今は、3杯しか水が運べなくなりました。
たまにB君が疲れて6杯しか水が運べないと、いつもより1杯多く水を運ぶことになったA君は、不満そうな顔をするようになりました。
B君は、そんな不満そうなA君を見ると、とにかく不安で不安で仕方がなくなります。だから、好かれるために今日もがんばります。A君が嬉しそうな顔をしてくれると、とても安心します。
でも、B君は時々わからなくなります。自分がA君に好かれることが「心から望むこと」なのか。
自分は本当はどうしたいのか、どんな自分でありたいのか。これがどうしてもわからないのです。
ここまで読んだだけでも、「あ、私のことだ!」と思った人は多いはずです。
では、対人援助職が共依存だと、仕事をしていく上でどのような支障が生じやすいのでしょうか。ここから解説していきます。
対人援助職の共依存が及ぼす問題
燃え尽き・健康問題のリスクが上がる。
共依存の関係になると、「援助職と利用者」というよりも、例えれば「母と娘」のような家族的で親密な距離感になりやすくなります。
利用者に感情移入しやすくなるため、家に帰っても気持ちの切り替えができずストレスが蓄積します。
当然ですが心身の負担は増え、燃え尽きのリスクは上がります。
虐待のリスクが上がる。

何度言ったらわかるわけ?!
家族的で親密な関係になればなるほど、援助職の個人的な感情が投影されます。相手のことを思うがゆえに、思い通りにならない時に怒りも生じやすくなり、虐待行為に発展するリスクも上がります。
利用者の力を奪い、自立を阻害する。
「利用者さんに嫌われたくない」「他のスタッフよりも自分を必要としてほしい」
このような思いが強いと、利用者や患者に対して過剰に世話を焼きやすくなります。
本来は利用者が自分でやるべきことまでやってしまったり、利用者からの頼みごとを断りきれずにサービス対象外のことまで引き受けてしまったりするため、結果としては利用者の力を奪い自立を阻害します。

ついでにビールを買ってきてもらっていいかな?

わかりました…
利用者がクレーマー化する。
医療や福祉の現場では「あるある」ですが、ひとりの援助職がやりすぎてしまったがゆえに、利用者がクレーマー化してしまうことはよくあります。
例えば、「利用者からの電話は、長くても30分で切る」という職場の決めごとを守ることができず、ひとりのスタッフが毎回1時間近く話を聞いてしまうとします。
そうすると、他のスタッフが30分で電話を切ろうとすると利用者が不満を感じて怒ってしまい、なかなか電話を切ってくれないようなケースは少なくありません。

冷たいじゃないの!Aさんはいつも最後まで聞いてくれるのに!!
※「電話を時間通りに切ることができない人は共依存」と言っているわけではありません。
職場の人間関係が悪化する。

Aさんが色々とやりすぎるから、患者がわがままになって大変だよ。院長も何も注意してくれないんだから、やってられないよ。
支援の足並みが揃わないことで、当然ながらスタッフ同士で摩擦が生じやすくなります。ケアの方針や対応を巡って対立したり、マネジメントできない管理職に不満を感じたりしやすくなり、職場の人間関係が悪化していきます。
「対人援助職の共依存」の背景にある問題とは?
性格的に自信がない。
共依存の原因として、「自尊心の低さ」を抱えた方が多い傾向にあります。
自信が低く、誰かに認めてもらうことで初めて自分の存在意義を確認できるため、「相手に必要とされるための行動」を強迫的に取り続けてしまいます。それゆえに、やめたいと思ってもなかなかコントロールが難しいのです。
職場の人間関係が悪い。
どの仕事もそうですが、職場の人間関係が悪く孤独を感じれば、存在意義を見失いやすくなります。
職場の人間関係が悪く孤立した対人援助職は、自分の存在意義を利用者や患者に求め、結果として共依存的な関係を築きやすくなります。
職場が利用者の暴言暴力を放置している。
暴言暴力などのカスハラ行為を繰り返す利用者や患者を、「この仕事をしていればこれくらい当たり前だから」と何も対応をせずに放置する職場は少なくありません。
このような職場で働く対人援助職は、自分の身は自分で守る必要がありますから、「利用者に好かれよう」という意識は働きやすくなりますよね。結果として、共依存的な関係になってしまうことは増えていきます。
あなたは大丈夫?「共依存チェックリスト」
ここまで読んでいただいて、いかがでしょうか。
「私は共依存だとわかりました。今の仕事を続けるなら共依存を治さないといけませんよね?」という質問を受けることもありますが、共依存だと援助職ができないということは一切ありません。
問題になるのは「共依存そのもの」ではなく、共依存から派生する「業務上の行動」です。
自分の特徴をよく自覚(意識)して点検し、「自分も利用者も守る安全な距離感」を習得していきましょう。

