鳥取県養護学校の看護師一斉退職はなぜ起きたのか。安全な職場に欠かせない「3つの機能」から学ぶ、援助職の現場で起きる一斉退職の構造とは。

事件・事故の解説

昨今、全国の保育園で保育士の一斉退職のニュースを多く目にするようになりました。

実際、対人援助職にとって一斉退職や大量退職はとても身近であり、

〇〇クリニックって、この1年でほとんどスタッフが変わったらしいよ

といったような話を耳にすることは少なくありません。

その一方で、人手不足などの様々な問題を抱えながらもスタッフが離れずに回っている職場も多くありますから、いくら人手不足でも、クレーマー対応が大変でも、それなりの職場環境が整っていればそこで働き続けることができるのです。

では、一斉退職のような問題が起きる職場と、スタッフがそれなりに定着している職場とではどのような違いがあるのでしょうか。

今回は2015年に話題になった鳥取県の養護学校で起きた看護師の一斉退職の問題を題材に解説をしていきます。

この記事は2017年に一度書いたのですが、今回は「安全で働きやすい職場に欠かせない3つの機能」を切り口にして、改めて書き直してみました。人手不足で悩む経営者・管理職の方はもちろんのこと、人手不足の職場で日々がんばる援助職のみなさんにぜひ読んでほしい内容です。

鳥取県養護学校の看護師一斉退職については、こちらのサイトで概要をご確認ください。https://www.huffingtonpost.jp/2015/06/08/tottori-special-school_n_7539996.html


安全で働きやすい職場に欠かせない「3つの機能」とは?

まず初めに、働きやすい職場に欠かせない「3つの機能」について説明します。
職場だけでなく、家族や友人、部活など、どのような人間関係にも当てはまることですから、ぜひ点検してみてください。

役割

  • 職場の使命や役割を理解していること。
  • 自分自身の役割、職務を理解していること。
  • 組織を構成するメンバーそれぞれの役割を理解して共有できていること。
  • それぞれが役割を果たし、存在意義を感じることができること。
  • 役割に基づく自分の考え、意見を持つことができること。

尊重

  • お互いの人間性や役割を尊重できていること。
  • 感情的になったり、ハラスメント行為をしたりして相手の安全を脅かさないこと。
  • 異なる意見や考えを排除せず、尊重し合うこと。
  • 組織のルールや秩序を守ること。
  • 役割を押し付け合ったり、背負いすぎたりしないこと。

コミュニケーション

  • 相手の話を聴くことができる。
  • 自分の考えや気持ちを相手に伝えることができる。
  • お互いに関心を持ち、声をかけることができる。孤立させない。
  • 困ったこと、悩みごとは抱え込まずに相談することができる。
  • 相手の安全を奪わずに不満や怒りを伝えることができる。

ご自分の職場や家族、友人関係などを振り返ってみてください。
あなたにとって心地よいと感じる関係は、この3つの機能がそれなりに満たされているのではないでしょうか。

存在意義を感じることができ、お互いに尊重しあえて、話し合える関係。こういう職場やチームに所属できていると、毎日が生き生きしてきますよね。

一方で、ハラスメントが横行していたり、管理職が役割を果たさなかったりするなどして3つの機能に支障が生じると、組織に様々な問題が起きるようになります。

そこで働くスタッフは存在意義を失い、惨めさを感じることが増え、目に見えてコミュニケーションが減っていきます。まさに「機能不全の職場」に陥るのです。

ここまでを押さえていただき、ここから「鳥取県養護学校看護師一斉退職」について解説していきます。


援助職がクレーマー対応で燃え尽きる本当の理由。

まず、この学校では、8人で担当するべき仕事を6人の非常勤の看護師が対応するという人員不足状態が続き、ケアの遅れから、看護師が保護者から厳しい指摘を受けていたようです。

ネットでは、モンスターペアレントの問題、人員不足の問題、常勤看護師不在の問題、一斉退職する看護師の責任感のなさを指摘する声など、当時は様々な意見が寄せられていました。もちろん、モンスターペアレントの問題もあると思いますが、同じ援助職として断言できることがあります。

それは、「使命感や責任感の強い看護師が、厳しいクレームだけを理由に一斉退職するなんてありえない」ということです。

そしてもうひとつ言えることは、モンスターペアレント、モンスター患者やクレーマーの問題は、援助職にとって退職のひとつの引き金にしかすぎません。

モンスター対応で疲弊して辞めていく援助職は、モンスターに絶望しているのではなく、「守ってくれない職場」に絶望して燃え尽きて辞めていくのです。


保護者からのクレーム対応は誰の役割なのか。

まず、私がこの報道を知った時、「え?なんで非常勤の看護師がそんな強烈なクレーマーの対応を任されてるの?」という強い違和感を覚えました。

保護者の不満を聞いたり、時には怒りをぶつけられる場面に遭遇してしまうことはもちろんあると思いますが、それが職場への改善を強く求めるクレームであれば、その役割は決して非常勤が担うべきではないはずです。

少なくても常勤が担うのは当然のことで、このケースの場合はクレームが悪質であり、なおかつ人手不足の問題もあるわけですから、管理職が対応すべきです。ただし、報道などを見ている限りでは厳しいクレームに対応していたのは現場の非常勤の看護師でした。

ここに、まずひとつの大きな機能不全の問題があります。

厳しいクレーマーに対して管理職が役割を果たさず、現場の看護師の負担が倍増した。看護師は職場からも保護者からも尊重されているように感じず、日々安全を脅かされ、存在意義を見失い退職していった。

このように推測できます。


援助職の使命感や責任感の強さが招く「依存」の問題。

ここまで話をすると、「管理職が職務を放棄してクレーマー対応を現場に押しつけた!ひどい話だ!」と感じる方が多いだろうと思いますし、私自身も、一生懸命に対応していながらも報われなかった看護師さんたちをとても気の毒に感じます。

ただし、このような職場の機能不全の問題は、対人援助職の使命感や責任感の強さゆえに生じやすい、どこの職場でも起きる問題でもあるのです。

詳しく説明していきます。まず、看護師さんの多くは「私は非常勤だから」といった意識では働きません。非常勤であろうと、一人の専門家として、自立して職務を果たします。

だから、保護者からクレームがあったら、専門家としてきちんと対応をしたのではないかと思います。

できるだけ理解を得られるように説明し、至らない点はきちんと頭を下げる。人員不足でどうにもできない状況だったでしょうけど、そんなこと保護者の前では言い訳にせず、ひたすら頭を下げたのではないでしょうか。
そして、ケアが必要な目の前の生徒のことを第一に考え、日々奮闘したのだと思います。

「強い使命感と責任感」

これはとても素晴らしいことですが、だからこそ、今回の一斉退職のような深刻な事態に陥ることもあるのです。

校長も教頭もなにもしてくれないから、私たちがやらなきゃ!
私たちがこの子たちを守るしかない!

このような強い使命感や責任感は援助職ならではのものと思います。

ただし、この使命や責任感の強さは、依存されてしまい「いつの間にやら」「当たり前のように」あらゆる役割を背負わされてしまうこともあるのです。

例えばですが、みなさんの職場に、いつも色んな役割を積極的に背負ってこなしてくれる人はいませんか?

電話が鳴ればワンコールでとってくれる。会議の際には議事録をとってくれる。ちょっと面倒な仕事も、イヤな顔ひとつせずに受けてくれる。

こういう人がいると、周りはついつい甘えてしまうんですよね。それが行き過ぎると、一方は役割を完全に放棄して相手に押し付け、見て見ぬふりをするようになります。

今回のケースでも、「使命と責任感の強さから役割を背負い込む看護師」と「看護師に依存して問題から目を背けた管理職」という構造が出来上がってしまったのだろうと推測できます。

このような構造は対人援助職の現場では、いわゆる「あるある」です。
人手不足などで目の前の患者や利用者にケアが行き届かない時、使命や熱意の強い対人援助職は、そこで「まあ、人が足りないんだから仕方ないよね」と割り切って働くのではなく、「私がやらなければ!」と役割を背負う人の方が圧倒的に多いですよね。

どちらが良いのか悪いのかという話ではなく、対人援助職の使命や熱意の強さは、人手不足など職場の問題があるほどに発揮されやすく、相手によっては依存もされやすいのです。

今回の鳥取県養護学校のケースでは、看護師の使命や熱意の強さに職場が依存してしまい、状況がどんどん悪化していったと見ることができます。


看護師は「管理職が機能しない職場」で役割を背負うことに慣れている。

「うちの職場は院長が現場になんでも押しつけてくるので大変なんです」
「うちのクリニックは先生が何も決められないから、実質看護師が現場を仕切っているんですよ。みんなで先生の文句を言いながら、毎日和気あいあいやってますよ」

看護師さんからこんな話は本当によく聞きます。

つまり、看護師は普段から色んなことを上から丸投げされながら働くことは珍しいことではなくて、むしろそれすらも仕事の一部として生き抜く力強さがありますよね。良くも悪くも役割を背負わされることに慣れっこなのです。

こう考えると、看護師は今回のような一斉退職になりづらいイメージを持つかもしれませんが、むしろその逆で、一斉退職のリスクはより強いのではないかと私は思います。

なぜなら、役割を背負わされることに慣れているがゆえに、自分たちが上から大切にされているかどうかくらい、簡単に見抜くことができるからです。

院長は何も決められない頼りない人だけど、私たちの話はちゃんと聞いてくれるし、悪い人ではないんですよね

こんなふうに、自分たちに対する敬意を感じることができるからこそ、不満はあれどそこで働き続けることができるのです。

3つの機能で説明すると、役割のところに支障が出ていても、敬意を感じることができ(尊重)、困った時は話し合える関係(コミュニケーション)だからこそ、「これも仕事だ」と思って踏ん張れるのです。

今回のケースでは、看護師さんたちは職場からも一部の保護者からも敬意を感じることができず、自分たちの存在意義を見失ったのではないでしょうか。

そして、「これ以上管理職と話し合っても無駄だ」と思い、一斉退職に踏み切ったのではないでしょうか。

そう考えるとこの一斉退職は、モンスターペアレントの問題でもなければ人手不足の問題でもなく、「職場の機能不全の問題」により起きたと理解できます。

機能不全が慢性化した職場では、協力し合って困難を解決することができず、問題を押し付け合い見て見ぬふりをし、一部の人が役割を背負いやすくなります。

つまり、モンスターペアレントはただの引き金にしかすぎず、この職場では一斉退職はいつ起きてもおかしくない土壌が出来上がっていたのです。

ここまで読んでいただき、あなたは自分の職場を振り返り、どんなことを感じますか?

人手不足がつきものの対人援助職ですが、慢性的な人手不足でも、お互いに労いながら存在意義を感じて働ける職場もある。クレーマー対応が多くても、みんなで声をかけあって対応し、人が辞めない職場もある。

それらの職場では、「役割」「尊重」「コミュニケーション」の3つがそれなりに機能しているのです。

それぞれが存在意義を感じて自分の役割を果たし、お互いを尊重し、話し合える関係を築いています。ぜひ、この3つの機能を切り口に点検する習慣を持ち、職場の課題を整理していきましょう。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

AIDERS 代表 山﨑正徳

公認心理師・精神保健福祉士。精神科・EAP機関・カウンセリングルーム・学校などで、2万件以上の相談を受けてきたカウンセラー。自身の燃え尽き・離職等の経験から、対人援助職のメンタルヘルスを向上させることを目的にAIDERS(エイダーズ)を開業。これまで、延べ3000人以上の対人援助職に対してバウンダリーやクレーマー対応などをテーマに講演を行っている。

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