「カスタマーハラスメント」という言葉が多く聞かれるようになりました。
この一年の私の講師の仕事を振り返ってみても、「クレーマー対応」をテーマにした依頼がとても多く、人手不足の対人援助職の職場にとって、今後はカスタマーハラスメント対策の充実が従業員確保の大切な要因となることは間違いないでしょう。
その一方で、カウンセリングに訪れる援助職の方が語る職場環境を聞くと、「カスタマーハラスメント対策にはほど遠いな」と感じてしまうことは少なくありません。
それでは、なぜ対人援助職の現場ではカスハラ対策が進まないのでしょうか。そこには援助職の現場ならではの職場環境や考え方が関わっています。
今回のブログでは、自分たちの職場環境の振り返りも含め、カスハラ対策の初めの一歩として知ってほしい大切な話をしていきます。経営者や管理職にとっては必ず知るべき内容ですので、ぜひ最後まで読んみてください。
「あの患者さんはトラウマがあるから暴言は仕方がない」と言われたんですが、本当にそうなんですか?
うちのデイケアに、ものすごいクレーマーの患者さんがいて、みんなが被害に遭ってるんです。
その患者さんは、誰かスタッフでターゲットを見つけると、毎日やたらとそのスタッフに絡むんです。いちいち難癖をつけて、反発して、声を荒げて威嚇したり。私はこれまで大丈夫だったんですけど、先月、ついにターゲットになってしまって。この一週間、すごく嫌な思いをしました。
とにかく言い方がきつくて。昨日もプログラム中に大声で怒鳴られて。みんなの前ですごく罵って、周りのスタッフも上司も止められなくて。それで私、怖くて泣いてしまいました。もう辛くて辛くて。今朝は仕事に行くのが嫌で、吐きそうでした。
それでもなんとか職場に行って、上司に相談したんです。あの患者さんがいると安全に働けないので、なんとかしてほしいと伝えました。そしたら、『あの人はトラウマがあるから、寄り添う対応が必要なんだよ。感情のコントロールも苦手な人だから、仕方ないよね』と言うんです。
そう言われて、もう辞めるしかないかなと思いました。だって、私は今後も耐え続けるしかないということですよね?本当に上司の言うことは正しいんですかね?私はずっとおかしいと思ってました。でも、他のスタッフも諦めているというか…
この話を聴いて、多くの援助職の方が「うちでも同じようなことがある!」と思うのではないでしょうか。
「あの人は躁うつ病でハイな時は攻撃的になるから、仕方がないんだよ」
「あの人はトラウマを抱えているから、いくらひどい暴言を吐いても、寄り添ってあげる対応をしないといけないよ」
「あの人は発達障害だから…」
利用者や患者の病態や、過去に受けた心の傷などが暴力の原因であり、「だから仕方がないんだよ」という考えで暴力被害を「仕事の一部」として、職場が許容してしまう。このような対応をしている職場は少なくないはずです。
でも、本当にそうなのでしょうか。本当にトラウマがある利用者さんの暴力は仕方がないのでしょうか。スタッフがどれだけ傷つけられても、それは許容すべきことなのでしょうか。あなたはどう思いますか?
ぜひここから読み進めて、理解を深めていただきたいです。
経営者や管理監督者が知らないとまずい、安全衛生管理のための法知識
まず、職場が知っておかないとまずい安全衛生管理のための基本的な話をしていきます。対人援助職の現場の管理職は「退職者が出て自分の順番が回ってきて役職についた」程度の認識で職務をこなしていて、管理職としての教育をきちんと受けていない人が少なくありません。ここからの話は管理職であれば知っておくべき知識になります。
安全配慮義務
使用者は、労働契約に伴い、労働者が生命、その身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。
労働契約法第5条
要するに、「職場は従業員を雇用するなら、心身に過度な負荷をかけて健康を損なわせるようなことがないように、十分に注意する義務がありますよ」ということです。だから、事業主から従業員を管理監督する権限を与えられている管理職は、部下である従業員の健康を守る義務が課されているのです。
東京地方裁判所平成25年2月19日判決では、看護師が入院患者から暴力を受けた事例について病院の安全配慮義務違反を認め、約1900万円の賠償を命じています。
労働者の心の健康の保持増進のための指針
職場でのメンタルヘルスケア対策を推進するために厚生労働省が定めた具体的な指針です。この指針では、職場の中で以下の「4つのケア」を整えることが大切だと定めています。
① セルフケア
労働者自身が行うケア。従業員一人一人がメンタルヘルスについての正しい知識を持って、ストレスに気づき予防、対処していくこと。
② ラインケア
管理監督者が行うケア。職場環境を把握して、問題があれば改善に努めること。部下の相談対応を行い、サポートを行うこと。
③ 事業場内産業保健スタッフ等によるケア
職場の産業医や保健師、人事労務管理部門などの内部のスタッフにより行われるケア。
④ 事業場外資源によるケア
職場外のメンタルヘルスの専門家や専門機関などを活用して行うケア。
この4つのケアの中でも最も重要なのが、ラインケアです。
管理職が日ごろから部下の健康状態に関心を持ち、より安全に働ける職場環境を整えていくことが、管理職に求められる役割なのです。ラインケアについては以下のブログ記事で詳しく解説しています。
パワハラ防止法
2020年6月に施行された法律で、これにより職場におけるパワハラ対策が「義務」になりました。この法律成立に基づく指針案の中に、「顧客等からの著しい迷惑行為」についても、以下の通り、職場が必要な体制を整備する必要性が盛り込まれています。
事業主は、他の事業主が雇用する労働者等からのパワーハラスメントや顧客等からの著しい迷惑行為に関する労働者からの相談に対し、その内容や状況に応じ適切かつ柔軟に対応するために必要な体制の整備として、以下の取組を行うことが望ましい。
・ 相談先(上司、職場内の担当者等)をあらかじめ定め、これを労働者に周知すること。
・ 上記の相談を受けた者が、相談に対しその内容や状況に応じ適切に対応できるようにすること。
また、併せて、労働者が当該相談をしたことを理由として、解雇その他不利益な取扱いを行ってはならない旨を定め、労働者に周知・啓発することが望ましい。
要は、「ハラスメントは上司や同僚などの職場の人間関係に限らず、利用者や患者、そして患者家族、また関係機関などの顧客との関係も含めるので、職場は悪質なクレーマーなどを放置せず、ちゃんと対応してくださいね」ということです。
多くの職場が「ケース対応」と「安全衛生管理の問題」を混同している。
ここまで読んでみて、改めて看護師のAさんの相談について、考えてみましょう。
Aさんの働くデイケアでは、ある患者さんがターゲットに定めたスタッフに理不尽な暴言を何度も浴びせ、被害に遭ったAさんは職場に安全を感じることができていません。そして、仕事に行こうとすると嫌で嫌で吐きそうになるほどの強いストレスを覚えています。 Aさんの話によると、これまでも複数のスタッフが何度も傷つけられ、強いストレスを感じているようです。
ここで管理職に求められる役割や責任はどのようなものだと思いますか?本当に、「あの患者さんはトラウマがあるから仕方がない」のでしょうか。
確かに、援助職は専門家ですから、患者さんの病態などを評価し、理解し、関わり方に細心の注意を払う必要があります。トラウマがあれば精神的に不安定になりやすく、時にはスタッフに声を荒げてしまうことがあるのもわかります。他にも、イライラしやすかったり、言い方がきつい患者さんは当然いるし、その中で信頼関係を築きながら支援をしていくとうのが専門家の仕事であることもわかります。
ただし、これらは全て「ケース対応」の話であり、役職者は「職場の安全衛生管理の問題」も同時に考えていく必要があるのです。
雇用する 従業員の安全が脅かされ、心身に強い影響を及ぼすほどの問題があるなら、「この仕事をしていればこれくらい当たり前」「あの人は感情のコントロールができないから仕方がない」「そんなんじゃうちではやっていけないよ」では済む話ではないのです。
「ケース対応」と「職場の安全衛生管理の問題」
これらをきちんと分けて考え、従業員に職場としての責任を果たす意識をもつこと。
暴力被害をゼロにすることはもちろん難しいかもしれない。でも、職場としては「我慢してね」「最近の人たちは根性が足りない」ではなく、安全衛生管理の観点から真剣に考えることが必要なのです。
だからこそ、管理職として最低限知っておくべき法知識を身に着け、コンプライアンス(法令遵守)の意識をもって働いてほしいなと思います。
最後に、職場のメンタルヘルス問題に対する管理職の役割を勉強したい方は、以下のサイトがお勧めです。