これまで10年以上にわたり、消費生活相談員の方々からのご相談を受け、またメンタルヘルスやクレーム対応をテーマにした研修を行ってきました。
その中で、消費生活相談員の方から特に多く聞かれる悩みがあります。
それが「クレーム対応の難しさ」です。
相談者から厳しい言葉を投げかけられる。どれだけ説明しても納得してもらえない。電話を終えようとしても、なかなか切ってもらえない。
そんな言葉を浴びせられ、精神的に疲弊してしまう相談員の方も少なくありません。
私はこれまで、民間企業のクレーム対応研修や相談にも関わってきました。
その経験から感じるのは、公的機関のクレーム対応には、民間企業とは異なる難しさがあるということです。
民間企業であれば、一定のルールのもとで対応を終了したり、サービス提供の範囲をより明確にしたりすることができます。
しかし、消費生活センターなどの公的機関では、「住民への対応」という役割があるため、簡単に電話を終えることが難しい場面があります。
だからこそ、消費生活相談員のクレーム対応は、単なる接客やサービス業の対応とは異なる難しさがあります。
今回は、消費生活相談員の方々が悩む「電話を切ってくれない相談者」への対応を切り口に、公的機関ならではのクレーム対応の考え方について整理していきます。
「どうしたら電話をきってくれるのでしょうか…」

ある事業者との契約トラブルについて相談を受けました。
相談者は契約の解除と全額返金を希望されていましたが、契約内容を確認すると、途中解約はできても、すべての返金は難しい状況でした。
そこで斡旋に入り、事業者側にも対応してもらい、直近2か月分は返金されることになりました。入会金や最初の3か月分については返金できないという結果でしたが、少しでも返金につながったので、私は一定の解決になったと思っています。
でも、相談者はまったく納得してくれません。
『どうしてできないんだ』『消費生活センターは業者の味方なのか』『その悪事を認めるということですね』と、何度も同じ訴えを繰り返します。
最初の電話は60分以上、その翌日も60分、今日も30分以上対応しました。何を説明しても納得してもらえず、毎回最後は暴言を浴びせられます。
どうしたら分かってもらえるのでしょうか。どうしたら電話を終えることができるのでしょうか。最近では、電話が鳴るだけで怖く感じてしまいます…
まず、この相談員の方にお伝えしたいのは、「もっと良い対応ができたのではないか」と自分を責める必要はないということです。
この相談員の方は、相談者の話を聞き、契約内容を確認し、事業者との間に入り、少しでも相談者の希望に近づけるように対応しています。
相談者に分かってもらおうと、十分に関わってきたのではないでしょうか。
それでも、相手が納得してくれないことはあります。
クレーム対応では、「どうすれば相手を納得させられるか」と考えてしまいがちです。
しかし、どれだけ丁寧に説明しても、相手の求める結果と現実にできる対応が一致しない場合、納得してもらえないことがあります。
大切なのは、相手を納得させることをゴールにするのではなく、組織として対応できる範囲を明確にすることです。
ここからは、「電話を終える対応」について、具体的に考えていきます。

人間関係の三本柱とは?
クレーム対応の心構えとして、私は普段「人間関係の三本柱」で整理することをお勧めしています。
- 目的(相手にどうしてほしいか)
- 人間関係(相手とどのような関係でいたいか)
- 自尊心(どんな対応をすれば後悔しないか・自分はどうありたいか)
今回の相談者との関係について、この3つそれぞれを考えていきます。
以下、あくまでも例文です。
- 目的(相手にどうしてほしいか)
→ 「電話を切ってほしい!返金は諦めて、納得してほしい!」 - 人間関係(相手とどのような関係でいたいか)
→ 「もめたくない。怒らせたくない。できるだけ良い関係でいたい」
このように、「電話を切ってほしい」と思う一方で「揉めたくない」「穏便な関係でいたい」と考える。
これはとても自然なことですよね。
だから相談者の気持ちに配慮しながら、電話を切ってもらえるように丁寧に対応しているのです。
ただ、それでも電話を切ってもらえないことで困ってしまうのですよね。
「目的」を優先するなら、迷うことはほとんどありません。
相談者との関係が壊れても構わないと割り切り、「ご納得いかないことはわかりましたが、これ以上の対応はできかねます。電話を切らせていただきます」と言って、ガチャンと切ればいいだけです。
一方で「人間関係」を優先すれば、「相談者を怒らせないこと、わかってもらうこと」に時間とエネルギーを奪われます。
電話を切りたいが、何を言っても分かってもらえず、責められ続ける。
この泥沼のような状況に陥る時、相談員はとても強いストレスにさらされます。
ただでさえ忙しいのに、本当に苦しいことです。
だからこそ、みなさん藁にも縋る思いで、「どうしたら電話を切ってくれますか?」「どう言えばわかってもらえるでしょうか?」とカウンセラーに相談をするのですよね。
つまり、「人間関係」を壊さずに「目的」を果たしたい。
「相談者を怒らせることなく、穏便に電話を切ってもらえる方法はありませんか?」という魔法のような対応策を模索することになります。
もちろん、私もそのようなご相談を受ければ、相談者の特性などをヒアリングし、状況に応じた対応を提案します。
それでうまくいく場合ももちろんありますが、そうではないケースもまた多くあります。
そうですよね。今、あなたが対応に困っているその相談者さんのように、「何を言っても通用しない」そして「歩み寄る気が一切ない人」です。
自分の要求を通すことしか頭にない。
消費生活センターの役割、限界を理解しようとしない(理解できない)。
思い通りにならないと声を荒げて人格否定などを繰り返す。
暴言は決して吐かないものの、理詰めで相談員をしつこく延々と追い詰め続ける。
このような相談者への対応で、多くの相談員が苦しんでいます。
そして、このような場面になると、「どうしたら電話を切ってもらえますか?」「どんな言い方をすれば納得してくれますか?」と、つい対応のテクニックを探したくなります。
もちろん、言い方を工夫することで状況が改善するケースもあります。
しかし、「何を言っても通用しない相手」に対しては、テクニックだけで解決しようとするほど、「人間関係」を優先することになり、かえって泥沼にはまってしまいます。
大切なのは、「どうしたら相手に電話を切ってもらえるか」を考えることではありません。
「組織として、どこまで対応するのか」を明確にすることです。
つまり、組織として主体性を持って対応するという視点が必要になります。
ここからは、その考え方についてお話しします。

大切なのは「職場としての自尊心」
ここで大事になってくるのが三本柱の3番目の「自尊心(どんな対応をすれば後悔しないか・自分はどうありたいか)」です。

何を言ってもわかってもらえないし、暴言もひどいし、さすがにもうこれ以上は電話に付き合えないな。他の相談者さんにも迷惑をかけることになるし…。
まあ、相手は怒るだろうけど、電話を切るしかないな!
こうした判断が求められる場面では、職場としてどうありたいのか、どうあるべきなのかが問われます。
相談者、相談員、そして市民に対して、消費生活センターはどうあるべきなのか。
この視点こそが職場の自尊心であり、同時に職場の境界線となります。
クレーム対応は、この自尊心と境界線を意識することが出発点になるのです。

境界線の引けない職場で働く人は「自尊心」が下がる。
職場としての境界線が定まらないと、どうしても相談者との人間関係を優先することになってしまいます。
「怒らせないように」「揉めないように」という思いが先行し、いつまでも電話が切れず、要求を断ることも難しくなります。
当たり前のことですが、そこで働く人たちはクレーマー対応に忙殺され、疲弊し、自分のことを惨めに感じるようになってしまうのです。

こんなに嫌な思いして、私って、なんのために資格を取ったんだろう…
このような惨めさが職場に蔓延すると、職場自体のモラルが低下し、相談員同士でのいじめ、ハラスメント、また職員との感情的なトラブルなどに発展することも珍しくありません。
職場として「境界線を明確にする」とはどういうことか?
では、「職場として境界線を明確にする」とは、具体的にどのようなことでしょうか。
それは、相談員一人ひとりの判断や我慢に委ねるのではなく、「ここまで対応し、それ以上はこのように対応する」という組織としての基準をあらかじめ決めておくことです。
例えば、次のような内容です。
- どれだけ説明しても相談者が納得しないで要求を続ける場合はどうするのか。
一定の説明を尽くした後は電話を終了するのか、担当職員や管理職に引き継ぐのか、それとも別の対応を行うのか。 - 暴力的な言動に対してどこまで対応するのか。
「感情的な不満」には丁寧に対応する一方で、「死ね」「殺すぞ」といった著しい暴言や脅迫については、電話を終了する、管理職に交代するなど、明確な基準を設けておく。 - 電話が長くなる場合、どこまで対応を続けるのか。
「長電話は50分まで」「暴言は長くても20分まで」など、対応する時間に基準を設けておく。 - 消費生活相談員の役割はどこまでなのか。
相談員は消費生活に関する相談に応じる専門職であり、人生相談やカウンセリングを行う役割ではありません。どこまでが相談員の役割で、どこから先は役割の範囲外なのかを明確にしておくことも大切です。
このような基準があることで、相談員は「自分の判断で電話を切ってしまった」「冷たい対応をしてしまった」と一人で抱え込む必要がなくなります。
境界線とは、相談者を切り捨てるためのものではありません。
相談員を守り、組織として一貫した対応を行うためのものなのです。

組織として対応することで境界線を強化する。
職場として境界線を明確にするためには、相談員一人で「抱え込まないこと」、「抱え込ませないこと」が大切です。

相談員なんだからさ、クレームくらい自分たちでなんとかしなさいよ。プロでしょ?
このようにクレーム対応を相談員に丸投げする行為は非常に危険です。
権限のない現場の相談員が個別に対応することで、クレーマーは境界線を軽々と越えて、パワーで押しきろうとします。
このように組織としての境界線が弱いと、相談員は巻き込まれやすくなります。
「自分の身は自分で守るしかない」という意識が働きますから、恐怖から脅しに屈してしまうことも増えていくでしょう。
このような関係性を防ぐために、相談員が十分に説明を尽くしても相談者に納得してもらえない場合は、そのまま同じ対応を続けるのではなく、担当職員や管理職へ対応を引き継ぐことが必要になります。
これは相談員が対応に失敗したということではありません。むしろ、組織として決めたクレーム対応のマニュアルに沿って対応を進めているということです。
大切なのは、「消費生活相談員対相談者」という関係のままで対応し続けるのではなく、「消費生活センター対相談者」という組織と相談者の関係へ切り替えることです。
担当者が変わることで、「これは一人の相談員の判断ではなく、消費生活センターとしての判断である」というメッセージが伝わります。
このように、関係性を変えながら組織全体で対応することが、職場の境界線を強化することにつながるのです。

お互いを尊重する関係性が組織を強くする。
ただし、組織として対応するからといって、相談員が何でも担当職員や管理職へ任せればよいという話ではありません。
例えば、このブログを読んで

管理職が対応するって書いてありますよね!早く電話を代わってください!
こんな風に、十分な対応をしないまま丸投げするようでは、本来のネットワーク対応とは言えません。
担当職員を困らせることになりますし、今度は相談員自身がクレーマー化することになります。
引き継ぐ担当職員の側も気持ちよく対応できませんから、組織としての連携はうまく機能しなくなります。
大切なのは、お互いを尊重し、それぞれが自分の役割を果たすことです。
相談員は相談員としてできる限りの対応を行い、そのうえで組織として対応すべき段階になれば担当職員や管理職へ引き継ぐ。
そして、対応が終わったら「お疲れ様でした」「ありがとうございました」とお互いを労う。
このような信頼関係があってこそ、ネットワーク対応は機能し、職場としての境界線も強くなっていくのです。

公的機関に求められるのは、職場として腹を括ること

県庁までクレームが上がっちゃったよ。クレームになると困るから、もう少し穏便に対応してもらえる?
公的機関では、このような言葉を耳にすることがあります。
もちろん、組織としてクレームを減らしたいと考えること自体は自然なことです。ただ、公的機関では、その性質上、「クレームが発生すること」そのものを避けようとする傾向がみられます。
本来であれば、「そのクレームには正当性があるのか」「組織として対応を見直す必要があるのか」を冷静に検討すべきです。
しかし実際には、クレームの内容や正当性よりも「大ごとになる事態」を避けることが優先されてしまう場面も少なくありません。
その結果、「まずは穏便に」「相手を怒らせないように」という考え方が組織全体に広がり、人間関係の三本柱でいう「人間関係」を優先し続けることになります。
その姿勢そのものが、職場の境界線を脆弱にしてしまいます。
「クレームになるかもしれないから」「相手を怒らせたくないから」という考えが優先されると、組織の判断基準ではなく、クレーマーの反応によって対応が左右されるようになります。
つまり、組織が主体的に対応するのではなく、クレーマーに組織がコントロールされる状態になってしまうのです。
だからこそ大切なのは、職場としてのスタンスを明確に示すことです。
理不尽な要求には応じない。必要な説明は尽くすが、それ以上の対応はしない。相手を納得させることにこだわらない。必要であれば電話を終了し、組織として対応する。
そのような姿勢を職場全体で共有し、相手が不満を持つことを恐れず、必要な対応を貫く覚悟を持つことが、公的機関には求められるのです。





