京都府向日市のケースワーカーと生活保護受給者による死体遺棄事件はなぜ起きたのか。「過酷な職場環境と事件の関係性」を紐解く。

事件・事故の解説

あまりにも致命的だった「職場の無関心」

これまで、職場のクレーマー対応の問題点、そして境界線の崩壊した支配・被支配の関係について説明しました。ここまででも、今回の事件がどのようにして起きたのか、理解は深まったのではないかと思います。

でも、まだこれだけでは不十分です。もうひとつ、今回の事件を成立させるために必要なピースがあります。なんだと思いますか?

  • どうしてこれが成立したのか、考えてみてください。
  • もしあなたがケースワーカーYさんの同僚なら、どうしていましたか。
  • あなたが上司なら、Yさんの記録を読んでどんな対応をしていますか。何をしてあげたいと思いますか?
  • あなたが何をすれば、このYさんの事件への関与は防げたと思いますか?

この質問でなんとなく気づくのではないでしょうか。事件を防ぐためにできることって、たくさん出てきませんか?実はそんなに難しいことではないはずなんですよ。

どうしてできなかったのか?なんで?ちょっと理解しがたいですよね。でも、事件は起きた。ここに問題の本質があります。

つまり、Yさんはずっと職場で孤立しているのです。

孤立といっても、コミュニケーションがなかったとは思いません。挨拶、雑談、事務的なやりとりなどはたくさんあったと思います。

「大丈夫?」「今日も大変だったね」「疲れてない?」

こういった声がけをしていた人ももちろんいたと思います。でもYさんがここまで追いつめられていたことを、職場が全く把握していなかった。

「大変そうだったけど、まさかこんなことになるとは…」

「どうして相談してくれなかったのか…」

職場の人たち(特に管理職)は、おそらくこんな気持ちなのではないかと思います。

「大丈夫?」と声をかけるのはもちろん大切です。

でも、本人が「大丈夫です」と言ったから「大丈夫なんだ」で終わるのではなく

「勤務態度に特に変化がないから担当交代しなくていいだろう」と思うのではなく

より一歩踏み込んで、相手の気持ちを想像することが「人に関心を持つ」ということなのです。

大丈夫と言ってるけど、顔色が悪いし口数が少ないし、毎日橋本さんにつまかっているし、私なら絶対に具合が悪くなる。絶対にこのままじゃまずいよ!

彼は抱え込みやすいところがあるし責任感も強いからな…。自分から助けを求めることをしてこないかもしれない。だから気をつけないと危ないぞ。

このようにして、周りがYさんにしっかりと関心を向けてコミュニケーションをとっていたのか。ここなのです。これさえきちんとしていれば、いくら職場のクレーマー対応がまずくても、支配を受け続けても、これほど深刻な事態には陥らなかったはずです。

つまり、今回の事件を成立させた最大の黒幕は

「職場の無関心」

まさにこの一言に尽きるでしょう。


「無関心」は個人の問題ではなく、職場のシステムの問題である。

ここで強くお伝えしておきたいのは、私はこの職場の人たちを非難するつもりでこの記事を書いているわけではありません。「Yさんを孤立させ、追い込んだのはあなたたちだ!」なんていう気持ちは毛頭ないのです。

なぜなら、生活保護ケースワーカーの職場環境を聴いていると、「無関心にならざるを得ない」ということがとてもよくわかるからです。

  • とにかく激務。日中は受給者への対応でろくに休憩をとる時間もない。タイムマネジメントなんて一切できない。役所が閉まってから、ようやく自分の仕事にとりかかれる。
  • 忙しいのに毎日電話をかけてきて、なかなか電話を切らせてくれない受給者に時間を奪われる。
  • 受給者から恨まれたり、罵倒されたりすることもある。
  • 病院や施設など、関係機関から「退院時に迎えにきてください」「家庭訪問してください」などと対応を求められ、忙しいのに丸一日つぶれてしまうことがある。でも、対応しないと「福祉は何もやらない!」と悪者にされてしまう。
  • 家に帰っても仕事のことが頭から離れず、休日も思い出して嫌な気持ちになることが多い。
  • 体調は常に悪い。たまには友達と飲みに行きたくても、翌日の仕事のことを考えると早く帰って寝たい。
  • 同僚や上司、それぞれが自己流で、福祉事務所としてのスタンダードの対応や方針を教えられる人がいない。どこまでやるべきなのかが定かでなく、自分で判断しないといけないので毎回不安。
  • 辞めたいと思うことはいつもだけど、公務員を辞める決断は簡単ではない。

このような環境に1年もいれば、多くの人が過労や燃えつきのような状態に陥りやすくなります。毎日自分のことだけで精一杯。

「今日は何時に帰れるかな」「今日は○○さんから電話がなければいいな」「とにかく疲れた。早く帰って眠りたい」

こんな状態で、同僚に関心を示して声をかける気持ちの余裕なんて、ほとんどの人が持ち合わせていないのではないでしょうか。

むしろ、面倒なことに首を突っ込んで巻き込まれたくない。自分まで暴言を受けたり、嫌な思いをしたりするのは辛い。それよりも、今日一日、無事で終わりますように。こんな気持ちになるのは自然のことで、決して責められるべきものではない、と私は思っています。

このように、日常的にお互いに関心を持ちづらい職場のシステムが出来上がる。こうした「無関心」の土壌があってこそ、今回のような私たちの想像を遥かに越えるレベルの事件が起きてしまうのです。


最後に

「今回の事件は起きるべくして起きた」

私はこの記事の最初にこう述べましたが、皆さまにもご理解いただけましたでしょうか。この記事をぜひ現場のケースワーカーさんや福祉事務所、役所の方に読んでもらいたい。 これは、どの現場でも起こりうることで、決して他人事ではない。自分たちが置かれている環境の危険性を客観視してもらい、その上でできることを本気で考えてもらいたい。私は、そんな気持ちでこの記事を書きました。

また、「この事件をブログに書いてほしい」と言ってきた数名の援助職の方とは、東京で奮闘する生活保護ケースワーカーさんです。皆さんが伝えたいこと、発信したいこと、それを私に託してくださったんだろうと思っています。

この記事が多くのケースワーカーさんたちに届きますように。
最後まで読んで頂き、ありがとうございます。

AIDERS 代表 山﨑正徳

公認心理師・精神保健福祉士。精神科・EAP機関・カウンセリングルーム・学校などで、2万件以上の相談を受けてきたカウンセラー。自身の燃え尽き・離職等の経験から、対人援助職のメンタルヘルスを向上させることを目的にAIDERS(エイダーズ)を開業。これまで、延べ3000人以上の対人援助職に対してバウンダリーやクレーマー対応などをテーマに講演を行っている。

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