「対人援助職として、きちんとバウンダリー(境界線)を学びたい」
「利用者に感情移入してしまいやすくて、どうにもうまく線引きができない。上手に距離感をつかめる援助職になりたい」
このようなご相談やお問い合わせがこの1年でとても増えたなと感じます。
色々な方のお話を聞いていて毎回思うのですが、対人援助職の職場は、どこも同じような問題を抱えています。
人間関係のストレス、派閥、燃え尽き、離職、暴力被害など。
対人援助の仕事を志す方たちは、間違いなく優しくて真面目な方たちばかりです。それなのに、なぜどの職場でも同じような問題が起きるのでしょうか。
それはやはり、対人援助職の職場環境が、バウンダリー(境界線)を保つことが困難であるからだと思います。そのことを全員が共有し、スタッフにとっても利用者さんにとっても、少しでも安全な職場を作る意識を持つこと。
私はそんな職場をひとつでも多く増やすお手伝いがしたいと思い、日々活動しています。
今回は、これからバウンダリーを学びたい対人援助職の方に、まず知ってほしい基本的な話をします。
対人援助職としての自分の理解だけにとどまらず、ご家族やご友人、パートナーの方との関係にもそのまま当てはめることができますので、ぜひご自分の人間関係を振り返ってみてください。
バウンダリー(境界線)とは?
バウンダリー(境界線)とは、「自分」と「他人」を区別する人間関係の境界線です。
バウンダリーが守れていれば、「私」と「あなた」は全く別の人格で別の考えを持っているということを受け入れ、健康的で安全な人間関係を構築しやすくなります。
例えば、仕事でお互いに意見が分かれることはありますよね。そこでバウンダリーが守れる人は、「私たちは別々の人間だから、意見が分かれるのは当たり前だよね」という考えをベースに相手とコミュニケーションをとることができます。
相手の人間性や考えを尊重して意見交換ができるわけですから、摩擦も生じづらくなります。
逆にバウンダリーが守れない人は、自分と相手の違いを受け入れることが苦手です。
「絶対に私の方が正しい」「あなたは間違えている」という白黒つけるようなコミュニケーションが増えていきます。
相手の話を聞くことができず、感情的になって大きな声で主張したり、あからさまに不満そうな態度をとったりするなど、相手への尊重を欠き、人間関係の摩擦が増えていきます。
どちらかと言えば、家族や恋人のように個人的な思いが強く反映されやすい関係になりますので、お互いにそれなりの信頼関係が築けていないとトラブルにつながりやすい距離感と言えます。
ここから、バウンダリーが守れない時に生じる関係性を解説していきます。
支配・被支配の関係
「力の強いもの」が「弱いもの」をコントロールする関係性を、支配・被支配の関係と言います。
わかりやすいのがパワーハラスメントで、特に対人援助職の現場では、ハラスメントやいじめの被害による退職者が後を絶たない印象を受けます。
毎日のようにハラスメントやいじめの被害に遭うと、恐怖や不安にさいなまれて働くことになります。
怒られないように、常に相手の顔色を伺って行動することになり、自信を喪失し自責的になります。
職場の人間関係の悪さは「援助の質」に影響する。
まず、「怒り」は強いものから弱いものに向かいやすいということを押さえてください。
例えば、社長に怒られた課長が自分の部下にキレる。キレられた部下がイライラして帰りにコンビニの店員に理不尽なクレームをつける。理不尽なクレームをつけられたコンビニの店員が、帰ってから子どもに八つ当たりをする。
このように、怒りは強いものから弱いものに流れやすいのです。
ハラスメントやいじめが日常的な環境では、怒りや不満を抱えた援助職が利用者の支援をすることになります。
その結果、怒りが弱い立場の利用者に向かい、虐待に発展するリスクも高くなるでしょう。
チェックリスト「支配的な距離感になりやすい援助職の特徴」
共依存の関係
自分の存在意義を見出すために、過剰に相手の世話を焼くなどして、相手に必要とされる関係を作り出す関係性を「共依存の関係」と言います。
援助職が、「援助職として利用者から必要とされたい」という強い思いで利用者に関わることになります。
援助者が「必要とされたい」「嫌われたくない」という思いを持つことはむしろ自然のことです。
ただし、それが行き過ぎると行動のコントロールが効かなくなり、利用者や職場、そして自分自身に様々な悪影響を及ぼします。
以下に、共依存の問題により生じやすい主な問題を紹介します。
このように、共依存は燃え尽きを招くリスクが極めて高い関係性であると言えます。
仕事とプライベートの境界線が崩壊し、ストレスが強くなる。
以前、私のバウンダリーセミナーを受講した訪問看護師の方からこんな感想をいただきました。
この方は、それまで病院で看護師を長く健康に務めてきたのですが、訪問看護の仕事を始めてから、急に体調が悪くなってしまいました。
病院と訪問看護の違いは、「境界線を保つことの難しさ」ではないでしょうか。
病院は、医師や看護師など、職種に応じた役割と責任が明確に区別されていてチームで関わりますから、いくら共依存の問題を抱えていたとしても個人プレーに走ることはできませんよね。
結果、いくら患者に感情移入をしてしまっても、環境的に境界線は守られやすいのです。
一方、訪問看護はどうでしょうか。利用者さん宅を一人で訪問しますから、とても家族的な距離感で支援をすることになります。
個人的な感情が強く投影されやすく、なおかつ上司や同僚の目が入りづらい環境であるため、共依存の傾向がある人は注意しないと簡単に境界線が崩壊します。
「仕事が終わって家に帰っても、利用者さんの顔が頭から離れない」「携帯番号を教えてほしいと頼まれて、断り切れずに教えてしまった」
このように、仕事とプライベートの境界線が崩壊し、気持ちの切り替えができずにストレスを蓄積していきます。
訪問看護、訪問介護、福祉事務所のケースワーカー、カウンセラーなど、もしもあなたが利用者と「1対1の関係」で支援を行うことが日常の環境であるならば、バウンダリーを学ぶ必要性はより高いと言えるでしょう。
チェックリスト「共依存関係になりやすい援助職の特徴」
無関心
説明するまでもなく、相手に対する興味や関心を持たない関係が「無関心」です。
援助職の現場での無関心は、離職者が後を絶たない職場で多く見られます。
そこで働いているスタッフの多くは常に燃え尽き傾向にあり、やさぐれたような態度で利用者や同僚、関係機関などに接するようになりがちです。
熱意を持って入ってくる新人をどこか冷めた目で見て必要なことを教えなかったり、利用者の問題に関心を持って関わらなかったりするなど、職場の機能が大きく低下していき問題が頻発します。
虐待のリスクを上げる、経営陣の現場に対する無関心
施設での虐待事件などの報道で謝罪している理事長などを見ていて、「この人って、経営者なのに現場のことをよくわかっていないのかもしれないな」と私が感じたことは少なくありません。
経営者が現場に関心を持たず、施設長など特定の管理職にすべてを丸投げしてしまうと、職場の風通しが悪くなり問題が深刻化します。
例えば、虐待に近い行動を繰り返すスタッフに対して、施設長が嫌われることや退職されてしまうことを恐れて何も注意ができないと、虐待行為がエスカレートしたり、モンスター系の職員に職場が牛耳られてしまったりするようなことも起こり得ます。
職場が密室状態となれば、その職場の中だけでしか通用しない非常識なルールや慣習が出来上がり、無法地帯の職場になり得ます。
感情の強さはバウンダリー(境界線)に影響する。
ここまで、バウンダリーについての基本的な話をしました。
「なるほど。バウンダリーこそまさにうちの職場の課題だ。利用者に感情移入しすぎて巻き込まれやすいスタッフが多い気がすれるな。共依存にならないように、みんなで声をかけあって関わろう」
このようにバウンダリーについて頭で理解をして、いざ行動に移そうと思っても、なかなかうまくいかないということが多々あります。それもそのはずで、バウンダリーを頭で理解しても、感情のコントロールがうまくいかないと安全な距離を保つことができません。
バウンダリーを保つためにも欠かせないことが、「ネガティブな感情と付き合う力を持つこと」です。
感情のコントロールがうまくいかない、怒りや不安と付き合うことがどうしても苦手だという方は、カウンセリングを利用するなど、専門家に相談することがお勧めです。
援助職としての「思いの強さ」が人間関係のトラブルを生む。
ここまでの話を聞いて気づいた方もいるかと思いますが、対人援助職は「思いが強い人」が多いがゆえに、バウンダリーを保つことがなかなか難しいのです。
「困っている人を救いたい」
「私も子どものころに親から暴力をうけてきた。だからあの患者さんを理解できるのは私だけだ」
思いが強いからこそ感情も入るし、上司や同僚のやり方に不満を感じてしまうことも増えるでしょう。
考え方や方針の違いをなかなか受け入れられず、「仕事だから仕方がないか」と割り切ることも難しく、「私がなんとかしなければ」という個人の思いで動いてしまう人は、きっとあなたの職場にもいるのではないでしょうか。
思いの強さはとても良いことだと思いますが、対人援助職はそのメリットとデメリットを把握して働くことができないとトラブルが増えます。
「思いの強さ」のままに動くことで、結果として人間関係の摩擦が増え、派閥が生まれ、自分を正当化するために強い自己主張を覚える人が出てきます。職場の人間関係は悪化し、その中で存在意義を見失った人は、存在意義を見出すために利用者と共依存関係になる。燃え尽きて無関心になる人も出てくるでしょう。
まさにバウンダリーが崩壊した職場になるのです。
ここまで読むと、対人援助職がなぜバウンダリーを学ぶ必要があるのか、ご理解いただけたかと思います。
大切なのは、バウンダリーを「保つこと」ではなく「意識すること」
バウンダリーを学ぶと、「今の関係ってバウンダリーを保たているの?」「すごく良い関係だと思う利用者がいるんだけど、距離近すぎ?これって良くないのかな?」などと混乱してしまうことが多々あります。
最後にお伝えしたい大切なことは、私は「お互いの安全のためにバウンダリーを保ちましょう!」と伝えたくてバウンダリーの説明をしているわけではありません。
というのも、対人援助職が利用者と築く関係性の在り方は、職場やケースによって様々です。きちんと境界線を意識すべきケースもあるでしょうし、家族的な距離感で支援をした方がうまくいく状況もたくさんあるはずです。
だからこそ、大切なのはバウンダリーを「保つこと」よりも「意識すること」です。
「どうしてもあの利用者さんと話していると母親を思い出して、ついつい情が入るんだよな。気を付けないとな」「もうちょっと友達みたいな距離感で声をかけてみようかな」
常にバウンダリーを意識する習慣を持つことで、状況に応じて距離感を調整することができますよね。
このように、日頃の利用者さんとの関係を点検し、そして職場内で話し合い、柔軟に関係性を調整できることを目指しましょう。
今まで健康だけが取り柄でしたが、今の職場に入り約1年半、病気やケガが絶えません。休日も心身の疲労は取れず、自分の関わり方に問題があるのではないかと思い始め、今回のセミナーに参加させて頂きました。 結論、やはりバウンダリーを保つことができていなかったことがよくわかりました。すべてがつながりすっきりした感があります。今後はできることから初めて自分を変えていこうと思います。ありがとうございました。