
息子が、ギャンブルで借金を作ってしまいました……。実は今回で三度目なんです。
最初に気づいたのは5年前です。消費者金融からの督促状を見つけて発覚しました。その時は『もうギャンブルはしない』って泣いて謝って、私は借金を肩代わりしました。でもその後、また同じように借金して。それは2年前です。『今度こそ本当に最後』って言うから、信じたんです。私が甘かったんでしょうか……。
そして先日、三度目の借金がわかりました。息子は去年結婚したんですけど、赤ちゃんが生まれたばかりの嫁には絶対に言わないでくれって。『母さん、お願いだ。今回だけ助けて。必ず返すから』って泣きついてきました。
夫はもう呆れて『放っておけ!』って怒ってます。でも私は……やっぱり心配で。なんとかしないといけないと思って。息子は今日は仕事に行ってます。今日のカウンセリングに一緒に行こうと言ったんですけど、『仕事だから行けない。おれがどうしたらいいか聞いてきて』って……。
どうしたら息子はギャンブルをやめられますか?私はどうしたら良いでしょうか…。
これまでに、ギャンブルやアルコールなどの依存症に関するご相談を数多く受けてきました。
依存症の問題は、当事者本人だけでなく、その家族の生活にも大きな影響を与えます。
どうにもならない苦しさを抱え、「居ても立ってもいられない」といった状態で相談に来られる方がほとんどです。
とりわけ多いのは、依存症の当事者本人ではなく、家族が困り果てて相談に来られるケースです。
当然のことではありますが、このように、今すぐ解決できる方法を求めるケースがほとんどです。
「子どもの問題をなんとかしたい」「どうにかしなければ」
——そうした強い思いで解決を求める気持ちは、とてもよく理解できます。
ですが、ここで一度立ち止まって考えてみてほしいのです。
もしもあなたが家族の依存症の問題で困っていたら、まずは「家族の関係性」を理解することが大切です。
その際に欠かせないのが、「バウンダリー(境界線)」という視点です。
聞き慣れない言葉かもしれませんが、バウンダリーの考え方は、公的機関が開催する依存症家族講座でも取り上げられるほど、回復において重要なテーマです。
今回は、私が精神保健福祉センターの依存症家族講座で担当した「バウンダリー(境界線)」に関する講座の一部をご紹介します。
家族の依存症問題で悩まれている方はもちろん、支援に関わる専門家の方にも、ぜひ知っていただきたい内容です。
バウンダリー(境界線)とは?
バウンダリー(境界線)とは、「自分」と「他人」を区別する人間関係の境界線です。
バウンダリーが守れていれば、「私」と「あなた」は全く別の人格で別の考えを持っているということを受け入れ、健康的で安全な人間関係を構築しやすくなります。
例えば、仕事でお互いに意見が分かれることはありますよね。そこでバウンダリーが守れる人は、「私たちは別々の人間だから、意見が分かれるのは当たり前だよね」という考えをベースに相手とコミュニケーションをとることができます。
相手の人間性や考えを尊重して意見交換ができるわけですから、摩擦も生じづらくなります。

家族関係で考えてみましょう。
子どもが「中学ではバスケ部に入りたい!」と言ったとします。
でも母親は、「せっかく小さい頃からフルートを頑張ってきたのだから、吹奏楽部に入ってほしい」と思っている。
このとき、バウンダリー(境界線)が守れていれば、「私は吹奏楽部に入ってほしいと思っているし、少し残念にも感じるけれど、娘には娘の考えがある」と、子どもの意思を尊重しながらやりとりをすることができます。
しかし、バウンダリーを守ることが苦手な人の場合、相手との違いを受け入れることができず、自分の正しさを押し付けるようなコミュニケーションが増えていきます。
「どうして私の気持ちがわからないの?」「あなたのためを思って言っているのに!後悔しても知らないからね」などと怒って脅すようなことを言ってしまったり、まるで自分が被害者であるように振るまってしまったりすることもあるでしょう。
そうなると、親子の間に摩擦やわだかまりが生じやすくなってしまいます。
このように、バウンダリー(境界線)が守れていないと様々なトラブルに発展しやすくなるのです。
ここから、バウンダリーが守れない時に生じる関係性を解説していきます。
支配・被支配の関係
「力の強いもの」が「弱いもの」をコントロールする関係性を、支配・被支配の関係と言います。

たとえば、親が非常に威圧的で、何かあると頭ごなしに叱る。時には手が出ることもある。
そんな家庭環境では、子どもは常に親の顔色をうかがいながら行動してしまう傾向があります。
「自分がどうしたいか」ではなく、「どうあるべきか」「どうしたら怒られずに済むか」と、常に“正解”を探して動くようになりがちです。
その結果、子どもは自分で考えて行動する力、つまり主体性を失い、依存的な傾向が強まり、自信も持ちにくくなっていきます。
依存的になるということは、自分で物事を解決していく力が弱くなるということでもあります。
借金などの問題が起きたとき、一度誰かに手助けしてもらうと、「また助けてもらえるだろう」という意識が強くなり、ますます依存的になってしまうことがあります。
共依存の関係
自分の存在意義を見出すために、過剰に相手の世話を焼くなどして、相手に必要とされる関係を作り出す関係性を「共依存の関係」と言います。

依存症の家族が理解すべき共依存の重要な特徴は、「相手の世話を焼くことによって、結果的に相手の力を奪い、お互いに依存的な関係に陥ってしまうこと」です。
一見すると心配しているように見えますが、これは依存症の悪循環を助長する関わり方でもあります。
たとえば、ギャンブルで作った借金を母親が肩代わりして返済する。
「もうこれで終わりにしてね」と念を押しても、本人は問題の深刻さを実感する機会を失い、自分で責任を取る力が育ちません。
その結果、「どうせまた助けてくれるだろう」という意識が強まり、ギャンブルもやめられず、ますます依存が深まっていきます。
そして母親もまた、「自分が支えなければこの子はダメになる」と思い込み、手を差し伸べ続けてしまいます。
母親は、本来子どもが果たすべき役割と責任を背負い込み、子どもは自分の役割と責任を放棄して依存していく。
これが共依存の関係です。
イネイブリングとは?
このような関係性の中で、特に注意すべきなのが「イネイブリング(enabling)」という家族の行動です。
イネイブリングとは、本人の問題行動を無意識のうちに助長してしまうような関わり方のことを指します。
ギャンブルの借金を代わりに返す、仕事を休んだ理由をごまかしてあげる、問題行動の後始末をして回るといった行為は、たとえ善意からであっても、結果的には本人に「自分で責任を取らなくてもなんとかなる」というメッセージを与えてしまいます。
つまり、イネイブリングは依存症の本人を助けているようで、実は依存症を続けさせてしまう関わり方なのです。
家族にとっては「放っておけない」「見捨てるなんてできない」という思いが強く、つい手を差し伸べたくなります。
しかし、その助けが、本人の回復の機会を奪い、依存を強化してしまっていることに気づくことがとても重要です。
本人が依存症から回復するためには、自分の行動に対する責任を自ら取る経験が不可欠です。
家族がその責任を肩代わりしてしまうと、本人が問題と向き合うことを避け続けてしまい、結果的に回復が遠のいてしまいます。
「今、困っている人」=「この問題で困るべき人」になっているか?
イネイブリングが起きていないか?を点検するために、以下をご活用ください。(私はこれをイネイブリングチェックと呼んでいます)
① 私が困っているのは_________________________です。
② この問題で最も困っている人は____________________です。
③ この問題で責任がある人(困るべき人)は_______________です。
これを埋めていきましょう。以下は例です。
① 私が困っているのは__息子がギャンブルで借金を繰り返していること__です。
② この問題で最も困っている人は______母親である私________です。
③ この問題で責任がある人(困るべき人)は_____息子________です。
ここまで埋めてみて、おかしいと感じませんか?
困るべき当事者である息子ではなく、なぜ母親が困っているのでしょうか。
イネイブリングでは、このようにして「困るべき本人が心から困ることがない環境」が整い、問題が繰り返されます。
今、実際に埋めてみて「今、困っている人」=「困るべき人」にならなかったあなた。
ぜひ、次に進んでみましょう。
「困るべき人」が困っていない理由は____________________です。
「困るべき人」が困るために必要なことは__________________です。
それができない理由は___________________________です。
こちらも一例を紹介します。
「困るべき人」が困っていない理由は____親が借金を建て替えてあげているから___です。
「困るべき人」が困るために必要なことは___自分で借金を返済すること_______です。
それができない理由は____私が心配で放っておけず、ついつい助けてしまうから___です。
最後の項目は、主語を「私が」にすることが大切です。
このように整理すると、依存症の問題が当事者本人のみではなく、家族との関係性で起きていることがわかると思います。
イネイブリングチェックは以下よりダウンロードしてお使いください。
境界線を踏み越えたコミュニケーション(依存症者→家族)

境界線を踏み越えたコミュニケーション(家族→依存症者)

境界線を守るコミュニケーション(家族→依存症者)

イネイブリングから脱却するための具体策
ここから、イネイブリングを防ぐために必要な取り組みをいくつか紹介します。
相手を「正そう」とするコミュニケーションからの脱却
これらは、どちらも「本人を変えたい」「なんとかやめさせたい」という思いから出た言葉です。
本人のことを強く思ってこその関りですが、これが日常的になると本人の依存が助長されていきます。
問題を起こしても「関わってもらえる」関係こそ、依存を招きやすいのです。
先ほどのものと比べていかがですか?
こちらは、「正そう」「納得させよう」とするメッセージとは違い、パートナーとして、親として、自分たちにできる限界を判断して伝え、あとは本人の判断に任せるというスタンスです。
相手の役割と責任を背負うことはしない距離を保っていますので、イネイブリングを防ぐことができます。
他責ではなく、自分の責任で行動する。
このような「仕方なく」という表現は、家族としてよくある感情です。
確かに、その状況では「そうするしかなかった」と感じることもあるでしょう。
でも、ここで少し立ち止まって考えてみてほしいのです。
本当に「仕方がなかった」のでしょうか?
「仕方がなかった」と言いながらも、実際には自分で選んで、その行動を取っているという側面があります。
大切なのは、そのことを自覚することです。
なぜなら、自分の選択を「仕方なく」として他人のせいにしてしまうと、やがて怒りや不満が蓄積し、「私がこんなにしてあげたのに、なぜあなたは変わらないの?」と本人を責めたり、コントロールしようとする関わり方に変わっていくからです。
家族としてできることは、本人の人生を「代わりに背負うこと」ではありません。
「私は、これを自分の意思でやっている」という感覚を持ちながら関わることです。
問題に「今すぐに」反応せず、時間を作る。

一回目の時ですけど、借金を作ったと聞いて私はいてもたってもいられなくて。すぐに法テラスに相談して、債務整理の方法を調べてあげたんですよ。
このように、本人に代わって問題を解決しようとする行動は、愛情や心配から来ているものです。
でもその一方で、「本人の役割と責任を、家族が代わりに背負ってしまう」という危険も含んでいます。
本人が自分の行動に責任を持ち、問題と向き合うためには、家族がすぐに問題を取り上げないことも必要なサポートです。
衝動で動くのではなく、意識的に「間(ま)」を作ること。
それが、依存症の問題に巻き込まれず、本人の回復力を信じて関わる土台になります。
「不安」と賢く付き合う力をつける。
イネイブリングをやめられない方には、ある共通した傾向が見られます。
それは、「不安を今すぐに安心に変えたい」という衝動がとても強いということです。
「このまま放っておいたら、取り返しがつかなくなるのでは」「家庭が壊れてしまうかもしれない」
そんな思いが頭をよぎり、すぐに手を打たなければと焦ってしまいます。
これは、人として自然な反応です。
でも、その不安や恐怖、焦りと付き合う力がないと、結果として「間(ま)」が作れずに、常に不安に振り回されて動くことになります。
家族自身が落ち着きを取り戻し、「これは誰の問題なのか?」「私は今、何をしようとしているのか?」と冷静に考えるためには、「不安と賢く付き合う力」を育てることが大切です。
そのために有効なのが、カウンセリングや家族向け(家族会など)の支援を活用することです。
以下、相談窓口をいくつかご案内いたしますのでご確認ください。
・精神保健福祉センター
・ギャンブル依存症予防回復支援センター
・依存症対策全国センター
バウンダリー(境界線)をより詳しく学びたいという方は、ぜひ以下のセミナーにお申込みください!
対人援助職の現場を切り口にバウンダリーを解説するセミナーですが、バウンダリーを学びたい方であればどなたにとってもお役に立てる内容となっております。
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最後までお読みいただき、ありがとうございました。

・どうしたら息子はギャンブルをやめられますか?
・どうしたら娘は浪費をやめるでしょうか。